2012年1月
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第48回は、新潟シティガイドの稲村孝夫さんです。
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「沼垂もん」から現在の住まいに引っ越して来て40年が経ちました。
当時、住んでいた沼垂は買い物、交通の便は申し分なかったのですが、住宅が密集していて、これ以上、敷地は広げられない、少しでも快適な住まいをという強い望みが、両親にはあったようです。
そんな理由から現在の場所に土地を購入、間もなく新しい家を建てました。新築工事の進捗状況を見に来る時も、当時は沼垂からバスを乗り継いで一時間以上かけて、出かけて来たものです。その頃、この場所は「真砂」の名称のとおり「砂地」。家が完成しても下水溝は無く、敷地内に貯水桝を造っていたのを覚えています。

しかし、魅力は何といっても海が近かった事です。Тシャツ一枚、顔、腕にはサンオイルを塗り、バスタオルを小意気に肩に引っ掛け、家から水着スタイルで海辺へ出かけたモノです。帰路は砂だらけの足にサンダルをはいて、そのまま帰宅。家のシャワーへ直行したものです。現在は、住宅も増えて、とても当時のような格好では出かけられません。
家の二階の部屋からは、遠く粟島を見る事が出来ました。新潟まつりの花火も西新潟病院の松林越しに見えたものです。
少し高台にある自宅。周囲の環境ともマッチして、今もなお、大好きな場所です。
夏の風物詩「日本海夕日コンサート」は町が、区が、誇ることの出来る一大イベントです。夕日が沈む日本海をバックに、ステージで繰りひろげられるミュージックシーンは、全国に発信出来る素晴らしい企画です。

いつまでも有り続けて欲しい"海""夕日""砂浜"は、この西区、真砂に共通した宝物です。
より大切にして、これからの世代にもしっかりと引き継いで頂きたい。
いつまでも輝いている海、夕日、砂浜でいて欲しいから・・・。
追記
「新潟シティガイド」に所属して「観光ガイド」をやっています。
西区の景観、自然もガイド人にとって大切なツールです。
次回は キルト作家 野瀬より子さんを予定しています。
第47回は,「有限会社 ミカユニバーサルデザインオフィス」の安田文子さんです。
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私は、蒲原平野で育ちました。
蒲原平野は、冬になると雪で埋め尽くされました。
吹雪の日は、空間と地面との見分けがつかなくなり、通学途中で
遭難するんじゃないか・・・と子ども心に不安を感じたものです。
晴れた日は、キラキラと輝く白銀の世界を満喫しました。
平野に積り固まった雪を踏みしめ、どこまでも駆けていきたい
気持ちを抑えながら家路についたものです。
夏は、家から10㎞以上離れた場所で上がる新潟花火や新津花火を
見て楽しみました。
真っ平らな地だからできたのだと、砂丘地に移り住んで実感しています。
「新潟市の地形って面白い」
真っ平らな地で暮らしていた時は、地形に関心ありませんでしたが
砂丘地に引っ越してきたことを契機に、高低差を意識しながら
まちを歩くようになりました。
西区松海が丘に越してきて4年。
我家は、砂丘の中腹(海抜10m)にあります。
坂道を1分ほど歩き、48段の階段を上がると海が見えます。
今の季節、17時頃その階段を上がると、薄暗い空の下でカーフェリーの明かりが海を照らしている様子を楽しめます。
夏の夕暮れ時は、ビール片手に夕陽を眺めている人に出会うことも。
海から500m離れている砂丘の上で水面に沈む夕陽を眺めながら1杯できるとは。
幸せな環境です。
一方、「雨の日に重たい荷物を抱えながら、急いで駅まで行かなくてはならない」
という状況では、砂丘地を疎ましく思うこともあります。
勝手な言い分ですが、階段や坂道を急いで駆け上がり、心臓が飛び出るような
思いをするのは、できる限り避けたいのです。
そこで思いついたのが「我家から寺尾駅まで最も楽な道程はどれか」ということ。
地図を片手に、高低差を自分の足で確かめようと歩き始めました。
いろいろ試しましたが、砂丘の裾(国道402号線から1本砂丘側の平坦な道)を歩き、
寺尾中央公園を通るルートが一番楽でした。
比較的平坦な道が続くし、公園内の植物も楽しめる。
「ちょっと遠回りかもしれないけれど楽しく移動できる」という結論にたどり着き
自己満足。

その検証まちあるきを終えると、もう少し歩いてみたくなりました。
寺尾駅から坂を下り、本屋に立ち寄り、大堀幹線へ。
大堀幹線には美味しいお菓子屋さんが並んでいます。
仕事でひどく疲れた日は、社長と一緒に「貴餅」へ行き、白玉あんみつを買います。
甘すぎず、豆の香りが高い餡子が疲れた体を優しく癒してくれます。
お友達の家へ遊びに行く時のお供は、「ヴィナーヴァルト」のケーキを。
子どもが多い友達には「菓子工房くるみ」のロールケーキ。
大堀幹線は、甘い誘惑にあふれています。
コーヒー専門店も点在し、歩いていると香りに誘われフラッと寄り道したくなります。
その日は「貴餅」の貴福餅を買いました。
帰り道は、違う道を歩いてみようと砂丘の裾をウロウロ。
初めて歩く道に、ちょっとした探検気分。
そこには、普段見慣れた砂丘の海側とは違う景色がありました。
畑が多くゆったりとした雰囲気。
坂を登りふと振り返ると美しい山並みが見えました。
「向こうに見えるのは秋葉山だろうか」なんて思いながら、さらに坂をのぼり
夕飯の買物をして家路につきました。
充実した3時間のまちあるきでした。
「砂丘を横断したんだ」
そう思うと、なおのこと満足。
「この砂丘はどこまで続くんだろう」
新たな興味も湧きあがります。
西の始まりは、越前浜の辺りかな。
川でいくつか分断されているけれど、
東はどこまでだろう。
聞くところによると、砂丘列は1本だけじゃない。
9本もあるんだとか。
(10本との説も)・・・・・・・・・
「砂丘縦断」
今年の抱負です。
次回は、新潟シティガイド 稲村 孝夫さんを予定しています。
リレーエッセイ番外編 第6回は,黒埼出張所の高井所長です。
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黒埼出張所の高井です。4年目が終わろうとしています。
私の健康茶との出会いは、2010年の夏でした。何気なく見ていたテレビに、クリニックの先生が
「若返りのお茶」を紹介していました。10年間「ゴボウ茶」を飲んでいて、50代半ばとのことですが、
40代に見えました。すぐに、お話をメモし「ゴボウ」について調べてみました。
・世界でゴボウを食用としている国は、日本と韓国だけとのこと。
・若返り成分の「サポニン」は、高麗人参に含まれている成分と同じとのこと。
・水溶性食物繊維の「イヌリン」が含まれていて、整腸作用があり、便秘や肥満の改善に役立ち、悪玉コレステロールを排出すること。
・そのほかの成分として、「リン・カリウム」も含まれていて、利尿作用があり、
むくみを解消し体内の老廃物を溜めずに、排出してくれること
などが判りました。「ゴボウ茶」を飲むことは、アンチエイジングと、若返りにつながるかも知れないと考えました。
「ゴボウ茶」の効能としては、一般的に、便秘の解消、肥満改善、大腸がん予防、風邪予防、
動脈硬化改善、高血圧改善、肝機能促進、新陳代謝促進があげられています。
私なりの、「ゴボウ茶」の作り方をご紹介します。
最初に、タワシで「ゴボウ」の皮を残したまま、水洗いをします。
次に、大きめの皮むき器でスライスします。長くスライスすると、作業が早く進みます。
そして、天日で干しますが、天侯の良い時期は、1週間程度で乾きます。鳥などが近づかないよう、
ベランダにみず糸を張るなど、工夫をしています。
天侯が悪い日は室内で、扇風機で乾かしています。冬期間は、寒風で2週間程干します。
乾き具合を見て、自分なりに判断しています。
いよいよ仕上げに入ります。
乾いた「ゴボウ」をカニバサミでカットし、フライパンを火にかけ、中火・弱火で焦げないように、
注意をして水分を飛ばします。香ばしいかおりがして、カラカラになったら出来上がりです。
(完成したゴボウ茶)

茶葉をたっぷりガラスの急須に入れ90度の湯を注ぎ、待つこと3分、急須の中がだんだん茶色になっ
てきたら飲みごろです。厚手のグラスに注いで、色を楽しみながら飲むのがお勧めです。
健康茶作りを始めて3年目、自宅の庭や畑で採れる素材で、一年を通して健康茶作りを楽しんでい
ます。
最近、同居している山の神から、「肌がきれいになって張りが出てきたようねー」と言われます。
ネーミングは「ゴボウ茶」ではなく、「イケメン茶」にしようかと、密かに考えています。
私の作る健康茶の品目は、
ビタミンCが多く、血圧が安定し、古くから医者いらずと言われてきた「柿の葉茶」、
血行促進、貧血改善に効果があると言われている、「みつ葉茶」、
抗がん作用、コレステロール低下作用があり,別名"仙人のお茶"とも言われる「アカマツ茶」、
血液サラサラ効果のあるという、「イチョウ茶」、
そのほか、自律神経にも効果があり、ミネラルの宝庫の「スギナ茶」、
ガンの予防に効くと言われている「びわ茶」、
最後に、血糖値が安定する、飲むインシュリンと言われている「キクイモ茶」です。
これで、「ゴボウ茶」を入れて8品目の健康茶を完成しました。
素材は、自宅の庭木と、自家菜園の雑草を利用しています。
以上、ご紹介しましたが、実際に効果が出るのはこれからだと思います。
10年続ければ、多少若返れるかもと、健康茶作りを続けています。興味のある方は、自分なりの
自家製の健康茶に、チャレンジしてみては、いかがでしょうか。
次回は、農政商工課の馬場課長を予定しています。
リレーエッセイ番外編 第5回は、保護課の加野課長です。
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保護課長の加野です。
平成22年4月から西区保護課勤務になりましたが、私の西区の思い出の風景の中で、一番強烈な印象として残っているのは、やはり大学時代の五十嵐キャンパスの風景です。
私が入学した頃の昭和45年当時は、70年安保闘争やベトナム反戦運動などもあり、大学の中も騒然としていた時代でした。
そんな中、五十嵐地区に大学移転後初めての入学生として、間借りしていた関屋本村から越後線の電車に乗ってキャンパスに通いました。
当時は新潟大学前駅もありませんでしたので、内野駅で下車、駅を出て間もなく踏切を渡り、坂道(現在の内野五十嵐跨線橋付近)を登り松林の中を抜けて通学していたように記憶しています。この頃のキャンパスは五十嵐砂漠と呼ばれ、砂丘と松林、スイカ畑、学生アパート以外ほんとに何もない所でした。飲食店や銀行、スーパーなどももちろんありませんし、未だキャンパスと呼べる程度の様相を呈していない悲惨な所でした。
卒業後は、長い間大学に行く用事もありませんでしたが、30数年後、西地域保健福祉センターや西区保護課に勤務となり、大学の近くや直接大学に行く機会があり、当時の事を思い出しながらしばし感慨にふけったりもしましたが、周囲を見渡せば当時とは隔世の感で、時の移り変わりをしみじみと実感した次第です。
(現在の五十嵐キャンパス)
次回は、黒埼出張所の高井所長を予定しています。










